Yatsukawa Fountain

発想のビビンバ

POGの先祖だったかもしれない馬クラブの話

日本ダービーの枠順も発表され、いよいよ競馬の「年度末」が迫ってきたということは、POGシーズンの切り替わりもすぐそこに迫っている。そんななか、POGの原型ともいえるものが50年前に存在したので、それを紹介する。

 

現在、週刊の競馬雑誌は競馬ブックとGallopの2種のみだが、かつては多数の競馬雑誌が存在し、その中で比較的後年まで残っていたのが「週刊馬」である。(かくいう私も、関西競馬四季報の発刊以前に関西地区の成績表を調査する手段を得る過程で知ったのだが)

週刊馬を発刊していた株式会社ホースニュースは、まだ関東と関西の競馬に大きな隔たりがあった1950年代から東西の両方で競馬新聞を発行していたり、現在もフジテレビの競馬中継に出演している井崎脩五郎氏が所属していたりと、かつては競馬新聞の代表的な存在であったが、1996年には週刊馬の発刊を、2008年を以て競馬新聞の発行すら終了して現在は活動していない。

その週刊馬が50年前に始めたのが「馬クラブ」で、現在のPOG(ペーパーオーナーズゲーム)の原型の一つになったといってもいいものである。

1975-1976年シーズンから開始。まだ現在のようなゲーム要素はなく、単に週刊競馬雑誌「馬」の読者との交流の一環として生まれたシステムである。

「競馬をギャンブルだけでなく、もっとほかの楽しみにまで発展させつつ、会員同士の交流をも計ろう」

週刊馬(昭和51年21号から24号のどれか)

以下に、2年目となった1976-1977年ルールの要点を記載する。

  • 募集は3回で、各回5頭の希望馬(希望馬候補は雑誌に掲載されている関東馬から選ぶ)をハガキに書いて投函する。ただし、実際に持てる馬は各回1頭まで。
  • 1頭に割り当てられた枠の最大は30。ただし、募集の状況を考慮し後に32人に拡大された。
  • 指名馬の有効期間は、その年の中央新馬戦の始まる札幌競馬開幕から、翌年の菊花賞まで。
  • 特典として、 3歳新馬、特別戦勝利には決勝ゴール写真が、重賞勝利には決勝ゴールパネルが贈呈される
    (ただし、写真担当が派遣される「東京・中山・新潟」の3場のみ)
  • 全参加者、すなわち馬クラブの会員全員に会員証が発行される(クラブ主催の座談会などで必要)

以上のような形で行われた。まだ順位づけといったものはなかったが、初年度にはダービーの第4回登録馬*1のペーパーオーナー11人を集めて座談会を行ったりと、交流企画として、複数年(少なくとも1977-1978年までは確認)続いたようだが、先述の通り週刊馬は1996年に雑誌自体が終了してしまったので現存しない。

そのほか、馬クラブの活動としては前期と後期の年2回に区切って重賞勝ち馬予想のゲームを行ったりと、手紙の時代ながらそれを最大限に活用してさまざまな企画を行なっていた。

 

*1:現在の第3回特別登録に相当